
"NAHKI" NEW SINGLE
NOW ON SALE!!
アルファエンタープライズ YHJ-4014
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ヴァイブス全開でポップに聴かせるダンスホール・ナンバーから、音楽の細部まで愛で包み込んだかのような極上ラバーズ・ロックとのカップリング!!
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【08/22 名古屋ボトムライン】 |
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この夏のイベントはジャパスプならびに九州ツアーと続いたトラッシュ・バンドとのツアーと、単独の東海エリアでのショウに分けられるが、まずは、今回の九州ツアーのコーディネートでもお世話になった名古屋が誇るガイディング・スター、その看板MC、G−コンカラーのニュー・レーベル‘RED
HOT’のお披露目イベントがこの日だ。
場所もボクも様々なライブで足を運んだ今池のボトムライン。溢れんばかりのラインアップでプログラムの時間帯も名古屋のイベントにしては遅く、ボクの出番も3時近くと深い時間。考えてみればほぼ1年ぶりの名古屋のみんなとの出会いなんだが、不思議と時間の隔たりを感じない。そしてこの日のヘッドライナーはなんといっても今をときめくジャマイカン・アーティスト、WARD21。
実はこの3日前に彼らとはブルー・ノートでのシャギー&マキシーのショウで会っていたのだが、久々に地元名古屋で、ジャマイカの旬の若手とステージをともにするとあって(彼らも袖でしっかりチェックしてるし)、はっきりいって張り切っちゃうわけだよね。しっかりそんなボクの思いに応えてくれるお客さんは神様です!さすがは地元、みんな、あったかいね。アリガト!
イベント全体としては、まさにオールナイト、9時から始まってWARD21が出てくるのが4時過ぎとあっては、さすがに客席も疲れてた感もいなめないし、お目当てによって客層がばらけてた感もある。しかし、次々とレーベルも立ち上げ、招聘イベントまで始めてしまった、留まるところを知らぬガイディング・スターの勢いには諸手で拍手を送りたい。同じ地元出身として頼もしい限りです!日本のみならず世界にアピールしていって欲しい。
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【08/24 岐阜 HIGH CROSS】 |
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一日挟んで日曜は岐阜。一昨年の年収めライブで滅茶苦茶いいヴァイブをくれたあの岐阜ハイクロスのイベントがまた呼んでくれた。主催のFLYNG STARはその名も示すようにガイディング・スターの兄弟クルー。
でかい倉庫ともいえる会場の特質を活かすためのサウンド・クルーの研究の成果か、前回よりステージの向きなどを変えてよりよい音と会場作りがなされていた。横浜レゲエ祭と重なりアーティスト押さえに苦労したとか、岐阜でも同日ヒップホップ・イベントが重なったなどの要因で前回のような酸欠動員とはならなかったものの、相変わらず濃く熱いコミュニケーションがやはりここにはしっかりとあった。あらためてこちらも気を引き締めて更なる一歩を突き進むぞ!という決意を新たにさせてくれるイベントだった。CDも一杯買ってくれたみんな、ありがとう!まだまだいくぜー!
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| サマーリゾートパーク |
【08/25 名古屋 オアシス21】 |
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ところかわってこちらは名古屋の新名所、オアシス21、銀河広場にて、愛知万博成功を祈って、日仏シャンソン協会と東海テレビが催した昼間のフリー音楽イベント。
彼らが選んだ万博賛歌『ブラボー・ムッシュ・ルモンド』を様々なヴァージョンで歌と踊りを交えて展開していくイベントで、しっかりと名古屋市長や万博関係者らの挨拶などでオフィシャルに始まる。新年早々エルムからの依頼でニュージャージーで録音した英訳レゲエ・ヴァージョンをお届けするのがボクのこの日の役目だったが、まぶしい日差しの中、まさにこれまた老若男女、幅広い客層の中、30分フルに時間をもらっての展開には、また新鮮なものがあった。この日の模様はフランスにも映像が送られたらしい。このご縁のきっかけとなった『FEEL A REGGAE』にも参加のPIPINのステージの成長振りも嬉しかった。本番の万博でもこの曲が披露できたら嬉しいな。
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【9/24/03 Cheetah's N.Y.】 |
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NYに帰るなりいきなりのジェームス・ボンドからの連絡で知らされたトレヴァ・スパークス救済のためのチャリティー・イベント。そう、シャギーよりはるか前にNYダンスホール・レゲエ・シーンを世に知らしめたシンガー、トレヴァ・スパークス。「Bye,
Bye, Love 」、「Wings of Love」などの彼のヒット作はシェリー・サンダーの「Kuff」などのヒットと並んでNYダンスホール・レゲエの金字塔だ。'88年、まさにリアルタイムでボクはそこに飛び込んだ。
ジェームス・ボンド、ボボ・ジェネラル、スリーピー・ワンダーらと一緒にボクらはボストン、シカゴ、LA…と駆け巡り、そのうわさがジャマイカまで飛び火して'89年5月のフォート・クラレンスでのビーチ・バッシュへとつながった。もちろんその前に、当時はスパークスのマネージャーだったロバート・リヴィングストン(今のシャギーを築いたマネージャーだ)も一緒に2月にパルコ・ツアーを大葬の礼の中駆け抜けていたのだ。 |
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ボクだけでなく多くのNYアーティストらにスポット・ライトを当てるきっかけとなった彼は、その後不遇の日々を送っていた。度重なる交通事故や糖尿病やガンの手術などを経て現在シカゴで療養中という。この日はそんなスパークスに何か出来る事をという趣旨に賛同するアーティスト、ミュージシャンが集まってノーギャラで出演、収益金を彼の治療費などに充てるというものだった。 |
場所もお洒落なマンハッタンのクラブとあって仕事帰りの客層も多いなか、入りきれぬほど集まったのはまさにNYレゲエ業界の一大同窓会といった様で、お互い何年ぶりだろうという感激の再開があちこちで!9時からさっそくバンド・ライブ・スタートでJr.ジャズが歌いだす。主催者はいきなり次はNahkiとふるからトップ・バッターでまずは受け取り!その後お馴染みの懐かしいNYアーティストらが次々と!久々のシェリー・サンダーはクリスチャン転向ネタ。0時を回る頃ジェームス・ボンド、ボボ・ジェネラルの二人がステージを取ると、ボボが携帯でスパークスに電話。なんと電話越しに歌うスパークスにバンドが合わせ、会場は一気に盛り上がる。またもステージに呼ばれてオリジナル・コンビネーションをジェームス・ボンドとかますとマイキー・ジャレット登場!後はレッド・フォックス初め一連のニューロッツ・ファミリー(当時、夜な夜な呼ばれていたブルックリンのサウンドのDJら)がステージ狭しと詰め掛けてあの頃の再現だ!(翌日のフィリップ・スマートのFM番組<89.1Mhz>ではNahkiもニューロッツ・ファミリーの一人として語られていたのがまたなんか笑えた。)そしてそのあとシスター・キャロルのステージ中にボクは会場を後にしなければならなかったが、ラブリーな競演は4時過ぎまで続いたという。マンハッタンでのライブが久々というアーティストが多かったが、ここもそうだし、他にも多くのマンハッタンのクラブが毎週定期的にレゲエの日を設けだし、新しいクラブのオープンも始まった。ダンスホールが戻ってきている!!!
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